水は清く、雪は深く大町ならではの食文化

水は清く、雪は深く
大町ならではの食文化

わちがいの「茂吉膳」。奥の麺がオリジナルの「わちがいざざ」。塩を極力使わずにコシを出している。その右は湧水で作る「水ゼリー」。大町産りんごのコンポートと一緒にいただく

「わちがい」は栗林家の屋号。通りに面して格子戸が建つのが店舗

門の奥が主屋。門の傍らに「男清水」の水場がある

格子戸をくぐると「ミセ」がある京風町家の造りで、手前から奥へと土間が続く

わちがいの「茂吉膳」。奥の麺がオリジナルの「わちがいざざ」。塩を極力使わずにコシを出している。その右は湧水で作る「水ゼリー」。大町産りんごのコンポートと一緒にいただく

「わちがい」は栗林家の屋号。通りに面して格子戸が建つのが店舗

門の奥が主屋。門の傍らに「男清水」の水場がある

格子戸をくぐると「ミセ」がある京風町家の造りで、手前から奥へと土間が続く

現在の大町市のまちは、平安末期から戦国時代にかけて、この地を治めた仁科氏によって形づくられ、江戸時代には松本と糸魚川を結ぶ千国街道、別名「塩の道」の宿場街として栄えました。

江戸時代の大町を治めた有力者「大町年寄十人衆」のひとりである栗林氏は、松本藩大町組の大庄屋を代々務めました。栗林家は仁科氏の家臣と伝わり、室町時代から塩の道に面した中心市街に居を構えてきました。

明治時代からの造りそのままの建物は今、「創舎わちがい」として1階は地元に伝わる郷土料理を供する食事処、2階はクラフト作家の作品展や写真展などを開催するギャラリーとなっています。

  通りから門と庭を介して主屋がある。南側の店舗とつながっている

庭に面した続きの座敷は、床の間があり天井が高く、立派な造り

長らく空き家になっていた建物をよみがえらせたのは女将の渡邉充子さんです。これだけの立派な建物を眠らせておくには惜しいと、片付けはじめたのがきっかけでした。

そして現在、ともに店を切り盛りするのが若女将の深谷枝里子さんです。
「この建物は築百五、六十年になりますが、手入れをしないと建物がどんどん傷んでしまう。年を重ねて佇まいが美しいことと、ただ古いのとはちがいますから」
だから毎日の掃除に手を抜かず、スタッフ一同、もてなす場を整えることに心を砕きます。

家具調度は栗林家で実際に使われてきたもの。そこに染織や日本刺繍を手がける工芸作家でもある渡邉さんの感性が加わって、居心地良い空間がしつらえられています。
「みなさんに来ていただき、過ごしていただくことで、風が通って建物をフレッシュな状態を保てるんです」

  通りから門と庭を介して主屋がある。南側の店舗とつながっている

庭に面した続きの座敷は、床の間があり天井が高く、立派な造り

手前真ん中が「信州サーモンの菜の花オイルがけ」、
その左が「凍み大根」の煮物、奥の真ん中が「えご」

大町にある三蔵の飲み比べも楽しめる。
左から市野屋「氷筍水」、北安醸造「北安大国」、薄井商店「白馬錦」

わちがいでいただけるのは、大町の郷土料理や地酒を中心に、地元の湧水や食材で作るオリジナル料理です。海藻を煮溶かしてかためた「えご」や、寒さを利用して作る「凍(し)み大根」の煮物など、大町ならではの料理を「久しぶりに食べた」と言う地元の人もいるとか。

「お野菜は、無農薬で育てた自家菜園のものを中心に使っています。山菜やキノコは採取してきたものです。山の恵みを丁寧に下ごしらえしています」
大町の方言で麺類を指す「おざんざ」は、塩を極力使わずに練り上げた「わちがいざざ」をオリジナルで開発し、店でも提供しています。

「お出ししているのは、地元の食材を使った大町に伝わるお料理ばかり。大町の人は、半年しか作れない農作物を保存して食べつなぐため、干したり、漬けたり、工夫を凝らしてきました。雪の多さが冬の暮らしを厳しくしている反面、食べるための知恵を育んだともいえます」

深谷 枝里子さん。わちがいで働きはじめて9年ほど。若女将として、女将とともに店を切り盛りする

わちがい

公式サイトはこちら

住所  長野県大町市大町4084
電話 0261-23-7363
営業時間 10時~15時30分(LO)
定休日 火曜、第4月曜

(本文・データともに2023年12月末時点の内容)

深谷 枝里子さん。わちがいで働きはじめて9年ほど。若女将として、女将とともに店を切り盛りする

わちがい

公式サイトはこちら

住所  長野県大町市大町4084
電話 0261-23-7363
営業時間 10時~15時30分(LO)
定休日 火曜、第4月曜

(本文・データともに2023年12月末時点の内容)

市野屋市野屋の伝統的な銘柄「金蘭黒部」の酒樽が置かれている

 通しに面した主屋から奥の酒蔵へ続く通路には、かつて敷かれていたトロッコの線路跡が残る

通市野屋の敷地内には土蔵が並ぶ。防火対策の分厚い扉がついた窓や「うだつ」が見られる

市野屋市野屋の伝統的な銘柄「金蘭黒部」の酒樽が置かれている

 通しに面した主屋から奥の酒蔵へ続く通路には、かつて敷かれていたトロッコの線路跡が残る

通市野屋の敷地内には土蔵が並ぶ。防火対策の分厚い扉がついた窓や「うだつ」が見られる

大町市には、3軒の酒蔵があります。北安醸造、薄井商店、そして市野屋です。三蔵は近接し、JR信濃大町駅から歩いていける距離にあって、毎年9月に開催される「三蔵呑み歩き」では、たくさんの左党が本通りにくり出します。

なかでも古い歴史を持つ酒蔵が、市野屋です。創業は1865(慶応元)年、江戸時代の終わりに大町年寄十人衆のひとり、福島家が酒造りをはじめました。

この創業家である福島家が2017年に経営権を手放し、経営会社の変遷を経て、2019年に伊藤正和さんを杜氏に迎えて酒造りを刷新。さらに、2022年にもうひとりの杜氏として大塚真帆さんを迎え入れました。

 2023年発売の新銘柄「龍水泉」。漢字ラベルは「ベーシック」シリーズ
(写真は市野屋提供)

「龍水泉」の「ニューノーマル」は低アルコール原酒のシリーズ
(写真は市野屋提供)


明治時代に建てられた大きな古い蔵を生かしつつ、内部に新たな麴室を設けるなど設備を一新し、徹底的な品質管理のもと、酒質を大幅に改善しました。鑑評会や国内外の日本酒コンテストで受賞が続き、注目を集めています。

2023年には、新たな銘柄「龍水泉」をリリース。大町の水の良さを生かして、お酒ごとに仕込み水を追求しました。大塚さんいわく「大町の水はミネラルの少ない超軟水で、すっきりとしたきれいなお酒に仕上がります」

「身近にいろんな水源があるので、蔵の前の本通りをはさんで向かいの男清水(おとこみず)を汲んでみたり、黒部の扇沢から汲んできたり」。新たな試みはお米にも及び、「東北の酒米、出羽燦々(でわさんさん)や岡山県の雄町などを使ったり、去年はいろいろ試してみました」

 2023年発売の新銘柄「龍水泉」。漢字ラベルは「ベーシック」シリーズ
(写真は市野屋提供)

「龍水泉」の「ニューノーマル」は低アルコール原酒のシリーズ
(写真は市野屋提供)

新たに増設された麴室。秋田杉の無垢板を張りめぐらせた
(写真は市野屋提供)

温度管理の行き届く仕込み室に、小型の冷却装置付きタンクが並ぶ

特筆すべきは、龍水泉が山廃造りを基調とし、生酛造りも行うこと。大塚さんは、京都・伏見にある招徳酒造で20年ほど務め、杜氏として酒造りの差配をしてきました。伏見で長らく途絶えていた生酛造りを復活させた人でもあります。その大塚さんに、市野屋の生酛造りが託されたのです。

生酛造りは、微生物の働きを活用した昔ながらの方法です。良質な乳酸菌のほか、たくさんの微生物の働きが奥行きのある味わいを生み出します。
「生酛は古い造り方ですが、将来性があると、造りながらつくづく思います」

「日本のお酒の評価は減点法ですが、ワイン文化圏では言葉で表現できる要素があるほど、いいお酒と評価されます。その点、生酛のお酒は味わいも香りも複雑で、面白いお酒。そんなことが若い人や海外の人に受けているのだと思います」

今年から長野県産米を使った地産地消の酒造りを目指すとのことで、大町の水と、蔵に棲みつく菌と、大塚さんたちの働きによって、これからどんなお酒が造り出されるのか、楽しみでなりません。

杜氏の大塚真帆さん。横浜市出身、京都大学大学院農学研究科修了。ふたりの子を持つ母である

市野屋

公式サイトはこちら

住所  長野県大町市大町2527-イ
電話 0261-22-0010

(本文・データともに2023年12月末時点の内容)

杜氏の大塚真帆さん。横浜市出身、京都大学大学院農学研究科修了。ふたりの子を持つ母である

市野屋

公式サイトはこちら

住所  長野県大町市大町2527-イ
電話 0261-22-0010

(本文・データともに2023年12月末時点の内容)

取材・執筆 塚田結子(編集室いとぐち)
写真 平松マキ

\ツアーの詳細やお申し込みはこちら/

\ツアーの詳細やお申し込みはこちら/