北アルプスに抱かれた
「大町」の風土と食文化

長野県の北西部に位置する大町市。市域の西側にその風土の根幹をなす北アルプスが連なる山岳都市です。冬には3000m級の山々が深雪に覆われ、遅い春の訪れとともに清冽な雪融け水が流れ出し、その豊富な水を森が蓄え、里を満たしていきます。

仁科三湖と称される青木湖・中綱湖・木崎湖は農具川でつながり、一級河川の高瀬川へと流れゆきます。豊富な湧水とともに、時代に応じて生活用水や新田用水のための整備が進められ、農業、工業などの産業をはじめ、大町の暮らしは豊かな水とともに歩んできました。

美しく豊かな水こそが大町の象徴であり、その水を守るためには森の存在が欠かせません。大町では古くは狩猟の文化もあり、人が山に入り、山に生かされ山を活かしてきました。時代とともにその形は変わりながらも、大町では今も人が山に入り、収穫を得たり、森を整備したり、あるいは祭祀を執り行ったりするなかで山とともに生きています。

豊かでおいしい水や昼夜の寒暖差が、米やりんご、日本酒などの良質な農産物や加工品を育みます。
雪融けならではの冷たい水や、冷涼な気候など、農業には厳しい側面もありますが、「ぬるめ」など農業用水を温める工夫や気候にあった品種改良など、工夫を重ねて今があります。

凍(こお)り餅は、冷え込みがとくに厳しくなる2月頃、餅を何度も水に浸けては乾かすことを繰り返してつくる、人の知恵を尽くし、大町の風土を色濃く映した保存食です。長野県下でも数カ所で伝承されますが、その調理の多様さでは大町が群を抜いています。

昔の人は北アルプスの雪融けを、土をおこす、種を蒔くなど、農作業の適期適作を見極める目安としてきました。雪解けの形をさまざまに見立てる「雪形」も多く伝承されています。そんなところにも、自然とともに生きる大町の人の姿が垣間見られます。

大町で生まれ育ち、現在は長野市で暮らす料理研究家の横山タカ子さんも、大町の最大の魅力は山紫水明であるといいます。冷たい水が時間をかけて作物を育て、その分、土の養分を吸いあげ、太陽の光、昼夜の気温差などがあわさって良質な農産物を育むと、大町の農産物に太鼓判を押します。

思い出に残る大町の郷土料理は、ゆで塩ます、大判油揚げを細長く切って結った煮物、凍り餅などさまざまですが、とくに行事食や葬式料理などが印象に残っているそう。
「丑の日はうどんやうりなど“う”のつくものを食べました」「8月26日のミサヤマサマにはカヤの箸でおそうめんをいただきます」と、次々と記憶に残る料理とまつわる行事を教えてくださいました。

さらに「かつては葬式ともなると隣近所が集まって料理を作るのが普通のことでした。そこで土地の料理を覚えたという人が多かったです。急なことだからあるものだけで作る。究極の郷土料理ですよね」。前出の大判油揚げの煮物もそのひとつです。

「昔のことを紐解くのがいちばん新しい」と横山さん。
実母や各地の先達から受け継いだ料理や行事を大切にしながら、さらに磨きをかけて自分のものにされています。流通がよくなり保存技術も上がった今、味付けも薄味でこと足ります。温故知新の精神で、今だからこその郷土の味を追求しています。

飯山市や野沢温泉村の郷土料理「芋なます」も、土地の女性から教わり今や横山さんの定番料理のひとつ。鍋から取り出したあとに菜種油をかけ回すのが横山さん流です。

ちなみに大町周辺にも芋なますが根づいている地区があるそうです。嫁いだ女性が伝えた故郷の料理に嫁ぎ先の味つけや食材が加わり、土地の味として根づいたのではと、その地区の方が教えてくれました。

大町の郷土料理も然り、ずっと変わらずにあるように見えますが、その実、日々進化しています。その進化の一端を担うのが大町の女性らでつくる「YAMANBAガールズ」です。

2017年、大町で開催された「北アルプス国際芸術祭」で結成されたのがはじまり。芸術祭では地元からの参加アーティストとして、郷土料理と民話でもてなすパフォーマンス「おこひるの記憶」を実施しました。

 メンバーは手練れの女性陣ですが、日頃から学ぶことを怠りません。2023年10月、11月に行われた勉強会では、横山タカ子さんのほか、長野県佐久市で手打ちそばと山里の彩り料理「職人館」を営む北沢正和さんをそれぞれ招いて料理を習うなど、調理方法や食材、調味料にまつわる新しい知識や考え方を柔軟に取り入れます。こうした場で習得した料理や技術は、芸術祭や料理体験ツアーなどでも披露されています。

勉強会の講師のおひとりで全国各地を飛び回る北沢さんは「風土が料理人」と語り、自身も「土の料理人」と称されます。その北沢さん曰く「大町の魅力はなんといっても山。純粋な雪融け水で育った食材だからこそ個性がひときわ強い」。

その食材を使って北沢さんが作った料理は、かぼちゃや大根にオリーブオイルと塩を振ってソテーしたシンプルな料理から、ヒメマスとりんごの朴葉蒸し、香茸のリゾット、凍り餅と豆乳のデザートなど、アイデアに満ちています。

 「調理方法は今まで思ったことのないようなものもあるけれど、素材を生かす考え方は自分たちの普段の料理と一緒。だから無理なく吸収できるし、家でももう一度作ってみたい。北沢先生はレシピがないから自己流になっちゃうけど!」と、勉強会に参加した女性。さまざまなアイデアを取り入れ、さらに暮らしのなかで自分流にアレンジしながら、大町の郷土料理はさらに楽しく、そして土地の味を色濃くしていきます。

YAMANBAガールズとして活動するみなさんに、大町の食の魅力をうかがいました。大町の食の魅力は自然のなかに在ること。知るほどに、北アルプスに抱かれた風景を眺めながら、その滋味あふれる味わいを、風土まるごと堪能したいと思わずにいられません。

きのこや山菜、あけびやさるなし…、そういう近くの山で採れたての自然ものが、昔は手間だと敬遠していたけれど、それこそが本当の〝おごちそう〟だと今は思っています


松坂恵子さん(大町生まれ、大町在住)

大町は学校給食にもできる限り地元産の食材を使うようにしています。子どもたちに良い食材や調味料を使った地域の料理のおいしさを知ってもらえるのは素晴らしいことです


唐沢千恵子さん(大町在住、学校給食にも携わる)

畑で育てる野菜は20種類以上、春と秋は山に入って山菜やきのこを採る。それを人にあげて喜んでくれること、そして人からは料理を教えてもらえること、それが楽しみ


西澤百合子さん(大町生まれ、大町在住)

2017年の芸術祭に参加して、雪が多くて土が休む時間があるからなのか、大町の野菜のおいしさに驚きました。ここにしかない力強い味わいに惹かれて、足繁く通っています


田邊詠津子さん(神奈川県で飲食店経営)

移住して、水のおいしさとまちの静かさに感動しました。素材を生かす料理が好きなので、水と土が良い大町の食材はとても魅力的で、料理も楽しいです。とくに春の山菜は格別です


増渕節子さん(首都圏から大町に移住して10年)

料理の味わいはもちろんですが、季節の食材のみを使って工夫を凝らすこと、季節の草花をあしらうことなど、料理に込められたおもてなしの心こそが大町の食の大きな魅力です


丸山令江子さん(YAMANBAガールズ発起人)

YAMANBAガールズとして活動するみなさんに、大町の食の魅力をうかがいました。大町の食の魅力は自然のなかに在ること。知るほどに、北アルプスに抱かれた風景を眺めながら、その滋味あふれる味わいを、風土まるごと堪能したいと思わずにいられません。

きのこや山菜、あけびやさるなし…、そういう近くの山で採れたての自然ものが、昔は手間だと敬遠していたけれど、それこそが本当の〝おごちそう〟だと今は思っています


松坂恵子さん
(大町生まれ、大町在住)

大町は学校給食にもできる限り地元産の食材を使うようにしています。子どもたちに良い食材や調味料を使った地域の料理のおいしさを知ってもらえるのは素晴らしいことです


唐沢千恵子さん
(大町在住、学校給食にも携わる)

畑で育てる野菜は20種類以上、春と秋は山に入って山菜やきのこを採る。それを人にあげて喜んでくれること、そして人からは料理を教えてもらえること、それが楽しみ


西澤百合子さん
(大町生まれ、大町在住)

2017年の芸術祭に参加して、雪が多くて土が休む時間があるからなのか、大町の野菜のおいしさに驚きました。ここにしかない力強い味わいに惹かれて、足繁く通っています


田邊詠津子さん
(神奈川県で飲食店経営)

移住して、水のおいしさとまちの静かさに感動しました。素材を生かす料理が好きなので、水と土が良い大町の食材はとても魅力的で、料理も楽しいです。とくに春の山菜は格別です


増渕節子さん
(首都圏から大町に移住して10年)

料理の味わいはもちろんですが、季節の食材のみを使って工夫を凝らすこと、季節の草花をあしらうことなど、料理に込められたおもてなしの心こそが大町の食の大きな魅力です


丸山令江子さん
(YAMANBAガールズ発起人)

取材・執筆 山口美緒(編集室いとぐち)
写真 平松マキ

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